日記・コラム・つぶやき

2015年3月12日 (木)

寒い日は家の中で

昨日一昨日の休日は、たまに太陽も出ていたのですが、外は寒波ともいえる寒さと、強い風だったので、根性なしの私は自転車ツーリングはやめ、所用を済ませた後の残りの時間は一日中家にこもって、酒を飲みながら買ってきた横山秀夫さんの「ロクヨン」を読んでいました。

上下巻とも値段も640円(ロクヨン)です。

警察の広報と刑事部の確執をベースにしたミステリーです。
面白くて、上下巻を一気読みしてしまいました。

この作家の頭の構造はどうなっているのかと思うほど、細かなディテールを積み重ねて全体を構成しています。緻密に構成された文章は読む人を引込んで飽きさせません。

ディテールを大切にした建築物を見ると、感動するのと同じです。

勿論ディテールだけではなく、本では文章構成(ストーリー)、建築ではデザインの要素がなければ感動しないのも同じです。

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外に出ないので余計なお金も使わず、1400円ほどで2日間も楽しめる「本」っていいですね。

2015年2月 7日 (土)

夜はこれがあれば・・・

会社から帰って食事を終えた後の時間。

この二つがあれば幸せ。

必須はお酒(食中にも飲むので、食後酒にはウヰスキーが良い)
もう一つは本。本と言ってもこんな時は難しい本ではなく、エンターテインメントな本。

今回は和田竜の「村上海賊の娘」上下巻。950ページほどの長さだったけれど、面白いのでどんどん読み進んでしまって夜更かししてしまった。これは一昨年の本屋大賞受賞作。
エンタメとは言うものの、この本結構史実を調べて書いている。

売れる作家さんの頭の中はどんな構造かと思うほど、ストーリーを作り文章を構成するのが上手い。さすがプロ作家だと思う。プロ作家がこの作品を書くのに要した日時・労力を考えると、わずか数日でに読んでしまうのはなんだか悪いような気がする。数千円、数百円でこれだけ想像させて、楽しませてくれる本ってよく考えるとコスパは高いと言える。

たまには難しい本も読みます。

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2014年9月22日 (月)

ながい小説

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やっと百田尚樹の小説を読み終えた。題名は「錨をあげよ」。
上・下巻約1200ぺージもある読むのが遅い私にとっては長い小説でした。

内容的に、賛否はあろうが1200ページを休まずに読んだのだから、主人公と違う生き方だった私にも、若いころを思い出させる面白い内容と感じたのでしょう。

いままで、「海賊とよばれた男」上・下に始まって、「永遠の0」、「影法師」、「輝く夜」、「風の中のマリア」、「ボックス」上・下、「至高の音楽」と百田作品を追っかけてきました。

今まで読んできて、百田作品は私の性に合っているのでしょうか、飽きずに読んでいます。

おかしな例えかも知れませんが、いつになったら終わるのかと思うような読書(作業・仕事)でも投げずに少しづつでも進んでいく限り、必ずいつか終わる、ということを長い小説を読みながら改めて実感した次第です。

何があっても継続すること、しんどければ少し休めば良い、でも絶対に投げ出さない。
(すべてが終わり振り返った時に、初めて“結果”がみえる)
これは全てに対する、私が生きている限り、私の生き方の鉄則にしようと思っています。

**仕事に対しては勿論ですが、峠越えの自転車も・・・・。**

2014年8月 7日 (木)

「青春18きっぷ」使い切り

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5.6日の休暇日に青春18きっぷが2日分残っていたので松江まで行ってきました。

18きっぷ5日間の合計所要時間は、49時間23分。乗継を除いた正味の乗車時間は37時間26分。総距離は1342.76km。本来必要な運賃は30570円。18きっぷの料金は11850円です。(時間だけならスウェーデンを2往復もできる。)

今回も別に、松江に行くのが目的ではなく、先日乗った四国の土讃線の次に芸備線と木次線に乗るのが目的でした。
因みに、乗客は「青春18きっぷ」なのに地元らしい人を除くと「60過ぎのおっさん」ばかりが数人程度。

川西から大阪・姫路・播州赤穂・岡山・新見・備後落合・宍道で乗り換えて松江に到着です。

写真は、備後落合行の新見駅の時刻表です。
田舎のバスより少ない感じの本数です。

*写真はクリックすると拡大します

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以下の写真はかぶりつきで眺めていた芸備線です。

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現役かなと思わせるようなレール。この列車本数ならこんな感じになるのでしょうね。
JR西日本さん頑張っています。

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何ともロマンチックな線路です。

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備後落合から始まる木次線の時刻表です。
乗り過ごしたら、その日はアウト。

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宍道行の電車

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写真下の木次線もなかなかいい雰囲気です。時速20~30km位の速度で走ります。
土讃線の運転士さんと話していた時に言っていた、「芸備線・木次線の運転士さんは忍耐が必要」と言っていた意味が解ります。でもこのスピードがたまりません。言ってみれば自転車なみです。

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山を抜けるとこんなのどかな風景も。

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出雲坂根駅で3段スイッチバックです。次の三井野原駅は標高726m、JR西日本で一番高いところにある駅です。
風景(イメージ)は土讃線・予土線の風景と似ています。でも、実際に行ってみると、なんとなく四国と中国・山陰では空気が違うような気がします。

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翌日は山陰本線米子・鳥取・浜坂・豊岡・福知山・篠山口で乗り換えて無事川西に到着。鳥取・浜坂・竹野あたりの日本海側を走る山陰本線もなかなか良いです。
山陰地方は雨、そんな時はおーい茶を飲みながら深く考えなくても良い、司馬遼太郎の小説を読む。

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列車の旅といえば、駅弁・ビール・日本酒がつきもの、でもほとんどの駅でキオスクなどもなく、そのアルコールの切れ目を埋めるのは、持参のWMF製ヒップフラスコに入ったウヰスキーとなります。松江でも日本海の魚をあてに飲んだので、なんだか1日中呑んでた感じ。
翌日は体のことを考えて、お茶にするとしよう。我慢できたかな?

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浴びるほど電車に乗ったという感じです。

でもまだ飽きずに、次は東北地方に行ってみたい。

2014年7月25日 (金)

青春18きっぷ

22日~24日まで青春18きっぷで高知と宇和島に行ってきました。

以前、四国へ車で行ったとき、山中を走る土讃線(多度津~高知)を見てたまらなく乗りたくなったからです。

それも急行や特急列車ではなく、鈍行で。

初日は朝、5時起きで川西池田から高知まで行きました。乗換駅は、尼崎、姫路、岡山、児島、多度津、琴平、阿波池田、高知です。走行距離は359.1km、乗車時間は6時間49分です。待ち時間を入れて、9時間50分。

姫路あたりまでは見慣れた景色ですが、琴平あたりからは結構、期待通り山中を走ります。

下の写真は、スイッチバックの坪尻駅です。何とも雰囲気のある駅です。
因みに土讃線はほとんど無人駅です。
よって、運転手一人のワンマンカーとなっています。車中のアナウンスのおかしかったのが、「運転中は運転士に話しかけないでください」とまあ何ともと当たり前で、都会では考えられない注意のアナウンスが流れます。
車両はすいていたので、最前線のかぶりつきで楽しんできました。

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下の写真の駅はどこか忘れましたが、これでも廃線になった駅ではなく、レールも駅も現役です。

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これは珍しい橋の上にある駅です。
各駅停車の上に、特急・急行列車の通過待ちとか、すれ違い待ちの時間が結構あるので、そんな時は前列にいると、運転士さんが説明してくれます。

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本当に山中をトコトコと走ります。人家などありません。
この山中に敷かれているレールをただ見ているだけでも飽きませんね。

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山も川も同時に見れます。「四国の車窓」からです。

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夕食は、高知のひろめ市場で、鰹のタタキ、清水鯖、小エビのフライなどをあてに、ビールと土佐鶴を楽しませてもらいました。現地で食べるタタキは大阪で食べるものとは別物のような気がするほど旨いです。

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2日目は高知~宇和島です。乗り継ぎ駅は、窪川、若井、宇和島です。走行距離は154.3kmと短いですが、乗車時間は4時間25分、乗継などの待ち時間を入れると5時間55分

夕食は、小料理屋さんで、地元のおつくりや貝、焼き魚と地元のお酒(名前忘れました)を頂き、最後に宇和島名物、鯛めしで締めくくり。

因みに写真の若井駅(土佐黒潮鉄道と、予土線の接続駅)では炎天下の元、72分の待ち時間でした。手前の窪川駅で冷えたビールとジャコ天を買い込んで一杯やりました。足らずは持参のウイスキーで・・・。
大阪で、72分の待ち時間などとんでもない時間ですが、現地ではのんびりとイライラせずにゆったりと時間が流れていきます。
勿論無人駅で自販機などありません。

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「予土線の車窓から」もなかなかいい雰囲気です。

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予土線で見かけた電車。最初見たときは模様が書いてあるのかと思いましたが、塗装を重ねた痕跡? JR四国もやりますね。

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3日目は宇和島~川西池田まで、ひたすら乗っているだけです。
走行距離は503.6km、走行時間は待ち時間なしの10時間39分、待ちを入れると11時間55分です。
東京まで何往復できる?

乗継は、松山、観音寺、坂出、岡山、姫路、尼崎、川西です。
結構な走り応えがありました。

写真は、予讃線沿いの田園風景。一部海も見えます。
あまり景色の良くないときは、本を読んでは居眠りをする。

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それにしても青春18きっぷの乗客は、青春の人は全然見かけず、ほとんど65歳以上。
最近の学生は、鈍行など乗らず、夜行バスとかピーチなどで移動なのかな?

2014年2月13日 (木)

人生の先輩、逝く。

2月1日、10日と続いて、今まで大変お世話になった人生の先輩方がなくなりました。

1日は、つらい時に色々とお話を聞いてアドバイスをくださったM氏。
氏が弱っておられると聞き、亡くなられる4日前から毎日病室に伺いました。
訪問を殊の外喜んでくださり、30分近くも何かを一心に語り掛け、強く手を握り締めてくださいました。

10日は、「母の家ベテル」の代表シスターのT先生。
母の家ベテルは、以前私が建築をさせていただいていたのです。
先生からは、亡くなる10日前の1月31日付のハガキを頂いていました。
文面の最後に、「お元気でー。」と結ばれていました。
弱ったお体で、最後の力を振り絞って書かれたハガキ。
一生、大切にしまっておきます。

文字通り、何一つ、私利私欲を持たないシスターたちの願いを込めて、建設された母の家ベテル。文面から、この建物をしっかりと守っていくことが、先生の願いだったことが読み取れました。
お手紙を頂きすぐにお会いすべく電話を掛けたのですが、かないませんでした。
「先生、ご心配いりません。任せておいてください」、と直接お伝えできなかったことが今でも心残りです。

誰一人の例外なく、いつか必ず訪れる人の死。
親しい人の死は、ぽっかりと心の中に穴が開いた感じがします。

お二方とも、数日後に訪れる自分の死を、はっきりと予感されていた様子が解ります。
また、お二人とも苦しむことなく、穏やかに安らかに眠るような死を迎えられたそうです。

お二方のご冥福を心からお祈りいたします。

2014年1月 4日 (土)

あけましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。

お正月は娘が、お節料理を作ってくれました。

親の口からいうのもなんですが、本当においしく、また盛り付けもきれいにできていたと思います。

昔、おばあちゃんから、<「くわい」を食べとかないと、大きくなってから芽が出ないよ>と言われながらも、あの味と食感がどうしても好きになれなかったのですが、抵抗なくおいしく食べれました。

この間まで、まだまだ子供だと思っていた娘の成長に、感無量です。

おいしいものを食べて、おいしいお酒を飲んで、これがお正月だなと、つくづく思います。

今年もどうぞよろしくお願いたします。

*写真はクリックすると拡大します。

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2013年12月31日 (火)

掃除納め

昨日は、恒例の床ワックス掛けをしました。掃除納めです。

次に、今年一年間安全無事に走ってくれた自転車も、隅々までクリーニングしました。

チェーンもピカピカ。

それでは皆さん、よいお年をお迎えください。

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 家具の移動が一仕事です。

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食堂の椅子もテーブルの上に乗せます。

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このモップでメンテ用のワックスを掛けます。
立っての作業なので楽です。

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 分解して、細部までクリーニングしました。

2013年11月15日 (金)

大阪府庁

先日の休みを利用して、以前から気になっていた大阪府庁に初めて行ってきました。

以前、府庁の解体移転についての話があった時から、その存在が気になっていたのですが、なぜか今頃になって、行ってみようという気になったのです。

それは、実は私の父が、府庁の建築技師だった時、設計にたづさわった建物だったからです。

昔は今と違って、しっかりとしたゼネコン(総合建築業者)がなく、またそのような建物を設計する、設計事務所もなかったからです。

管轄の役人がその設計管理に自身であたっていたのです。(自身で設計し、自身で工事管理・監理をする)

私のところに、府庁の関係図面が全部ではないが、ある程度残っています。

浪速高校(現・大阪大学に移管)の図面はほぼ一通り残っています。

府庁は大正に15年竣工した、大正モダニズムな建築物です。
イタリア産大理石を使った、正面階段と玄関の堂々とした吹き抜け、当時としてはかなり贅沢な建築物であったと思われます。

昔の建築技師の技術レベルは、今と比べかなり高いレベルにあったようです。
書かれている図面は、烏口(カラス嘴)を使って墨(インク)で描かれています。

私なんかは書き損じても消せる鉛筆でしか書けませんが、書き損じのできないインクで精密に書くなど、その技量の高さには驚嘆させられます。大理石の模様や、カーテンの房まで精密に描かれています。

今は、ほとんどの建築図面はキャドで書かれていますが、モコハウスでは、トーマスさんが、今でも手描きで図面を書いています。

手描き図面とコンピュータ図面では本当にその味が違います。

建物をみて、心が豊かになった一日でした。

こんな建物は解体せずに、後世に残していってほしいものです。

*写真はクリックすると拡大します。

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 正面玄関

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玄関正面階段

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吹抜け階段の大理石で彫刻された手摺

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大理石仕上げの、玄関ロビー吹抜け

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設計に父の印鑑が捺されている。

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吹抜け天井図面

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知事公室展開図

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浪速高校設計図に捺された印

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浪速高校校長室展開図

2013年10月31日 (木)

阪急阪神ホテルの不正表示

連日報道されていた、一流ホテルのレストランのメニュー不正表示事件のニュースも社長の退陣で、一段落した模様です。(結局それだけでは済まないが)

以前にも、食品業界における、肉・米・不正表示や吉兆の食材使い回し等々色々な事件がありました。そしてその都度、社長はことの全てを正直に話さず、逃げたり、嘘を言ったりしました。
でもその嘘は、結局は最後にはばれ、結果その会社は破滅、またはトップの退陣に追い込まれたりしています。

こんな今までの教訓を生かせず、今回の阪急阪神のケースも結局同じ道をたどることになりました。

問題が表面化した以上、逃げたり、隠したり、嘘をついたりしても、結局最後には逃げれないし、隠せないし、嘘はいつかばれるのに、なぜ同じことを繰り返すのだろうといつも思う。

今回も、会見で「偽装ではなく、誤表示」等と言い訳を言った。
こんなたわごとを、世間が許すと思ったのだろうか。

言い訳をすることもなく、世間から追求されない究極の方法は、ごまかしや嘘など最初からしないこと。何ら不正がなければ、事の表面化などありえないし、追求される事などは起こりえない。

私の信条は、嘘はつかない、嫌な事から絶対に逃げない。

嫌な事から逃げようとしても、所詮逃げ切れないし、ついた嘘はいつかばれる、そうするとその嘘を誤魔化すためにまた嘘を重ねなければならない、そしていつかその嘘はばれ、そして最後に人間性に恥をかく。つまり、人として最悪のコースをたどることになることが目に見えている。

それを避けるためには、潔く、最初から全部本当のことを言ってしまえば、事と次第によっては世間は許してくれるかもしれない。

日本人は、潔さを身上とし、恥をかくことを恥じる国民性ではなかったのか・・・・。

モコハウスでは、社員心得もそのように教えている。

以下、モコハウスの社員心得です。

<モコハウス社員心得>
・決して嘘を言うことなく、常に正直であるべし
・いかなる困難からも逃げることなく、決然と立ち向かうべし
・各自各立場にあって、自己の業の一層の研鑽に精進すべし
・上下相和し、共存共栄を図るべし

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